Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

   “想いの丈の深い浅いは 紙一重”
 

春も過ぎゆき、新緑は色を増し。
皐月の過ぎた熱、冷ますよに、水無月の里には雨。
雨に潤んだ野山は、その精気も濃く栄え、
木立ちの根元に、淡紫の瓊花が咲き競う。
京の都のやや外れ。
すぐ後背に手つかずの山野の始まりと接するほどもの場末の一角に、
その屋敷は鎮座しており。
随分と昔は、どこぞかの名のある権門が栄えた屋敷であったというが、
政争で敗したか、はたまた内輪での家督争いの末か、
派手に没したその後の今は、
もはや誰も覚えてはないという儚い夢のその跡地。
いつの頃からか 不思議な住人が住み着いていて。
屋敷も庭も、さして手も入れずの荒れたままなれど、
それでもそれなりの位人が住まわっている証し、
時折 牛車が連れを伴って出入りをしており。
また、ごくごく稀に訪のう客人も、
それなりの格を思わす拵えでのお越しなので。
新たな住人、どうやら官職に就きし貴族の端くれらしいのだけれども。
寂れた場末だからというだけではなく、
好奇心が沸かぬでもないのに、
どういう訳だか 誰もが近寄りたがらぬ一角なため。
住人の肩書や風貌、
ご近所界隈であればあるほどあまり知れ渡ってはおらぬ不思議。

 生っ白い若造だった、
 いやいやそりゃあ色っぽい細腰の女御だった。
 姿を見た御用聞きが言うには金髪金眸の異形だとか。
 おお怖い、何物かが化けた妖異かも知れぬ。
 なんの、位の高い誰か様が人目を忍んで通われる女臈が、
 人払いにと わざとに身をやつした戯れよ…と。

色々と取り沙汰されたのも最初
(はな)の頃だけ。
そんな噂も関心も、潮が引くように すすすと離れての消えるまで、
さして刻は かからなんだ。
何せ 館の主人は、途轍もない咒力を誇る陰陽師。
妖異からの防御のためというもののみならず、
興味本位で近づくよな人間にいちいち相手をするのが面倒と、
そちらからも関心持たれぬようにする、
特別な“意識結界”まで張っておいでだったため。
すぐのご近所さんほど、関心はあっても近寄ると気が萎えるという、
どこか奇妙な現象が起きており。

 『人間嫌いってこともない お人ですのにね。』

面倒だのどうだのと口では言う人だけれども、
立場の弱い人への恩情あふれる対処をちゃんとなさること、
傍らにいる書生くんとしては、小首を傾げてしまうことしきり。


  そして……


  《 ………………。》


言葉にしこそ しなけれど。
まったくだ、その通りだと、
こそり大きく頷いている存在がもう一人、
いや、もう“一柱”ほど おいでだったりするのであった。




     ◇◇◇



この時期、節季の儀式といえば、
古来 奇数を忌むところから“縁起の悪い月”とされている皐月には、
端午の節句に邪気を祓う宴が催され。
帝のお出ましを冠へ菖蒲を飾った殿上人らが出迎え、
帝へも典薬寮から菖蒲が献上される。
そして、帝から群臣へは薬玉が賜うたそうで。
その宴の末には、
近衛の兵が騎馬にて矢を射たり、駒の早駈けを競ったりしたとか。
それらもまた邪を祓うための儀式なのだが、
勇壮な風習は“流鏑馬
(やぶさめ)”となって現在まで残っている所も多い。
続く六月は、年の半分が過ぎたということで、
こちらは人の罪や汚れを祓う“大祓い”というのがあるが、それは月末。
さほど派手な何かがあるでなし。
ただ、気候の変わり目なので体調が悪うなる者も出よう、
また雨の日も増えるがため、水害地害も出ようということで、
それらへの祓いを依頼される機会が増えはするものの、

 “まあ、ちっとやそっとのもんで、
  この俺様へまで話を持ってこうっていう度胸のある奴は滅多にねぇが。”

そうでしょうよね。
何たって中央朝廷に仕える神祗官補佐という、途轍もない身分の御方。
お顔を拝するのだって畏れ多いという上達部
(かんだちめ)
大臣級という特別な位の殿上人ですものねぇ。
たとい…蒸し暑いからと言って、
雑仕が夏場に着そうな単に筒袴なんていう簡素な姿になってたり、
こぬか雨のそぼ降る庭を眺めつつ、
ちょいとお行儀悪くも 濡れ縁へべたりと寝そべってたりしていても。
(苦笑)

 「…うにゃい。」

さすがじっとしていると冷えて来たか、
朝寝のうたた寝、幼い身を丸めていた仔ギツネさんを、
細っこいお膝に抱えるようにして乗っけておいでで。
和子としてのそれとは別口、
亜麻色の髪の間から出ていた柔らかなお耳を、
白い指にて時折撫でてやっておいで。
幼い身に添う毛並みは いつまでも触れていたいなめらかさであり、
それが心地いいからと、よしよしとの構いつけを続けてた蛭魔であったものの、

 「……チビすけについてかなんだのか?」

ぽそりと零した一言は、自分の背後にあたる広間の奥向きへと向けてのもの。
途端に、誰もいなかったはずの空間の、
徐々に薄暗くなっている奥の奥からじわじわとにじみ出す陰があり。
足音もさせぬ、気配も立たぬその存在は、だが。
明るい濡れ縁の方へと進み出て来ると、
随分と大柄で立派な殿御の姿をしておいで。
今は略式のいで立ちか、仰々しい鎧姿ではないけれど、
それでも岩のように頑丈そうな体躯は荘厳で。
若々しい風貌をしてなさるのに、
畏れ多いまでの威容をまとってもおわす君。
そんな存在だってのに、

 「…まあ、坊主の生気を目当てに憑いてるってんじゃあないんだしな。」

どちらかというと守護神でおわす武神様。
式神と同じような立場じゃあないわなと言いながらも、
ちっとも畏れ多いと思ってなさげな口利きをする、金髪痩躯の陰陽師であり。

 「…。」

そんな彼だということ、武神様の方でもとうに慣れておいでか。
特に表情を険しくするでもないまま、
少し向背にて立ち止まると、そのまますっと座り込まれてしまわれる。
彼が憑くことで護っている存在は、
まだまだ幼い陰陽師見習いの瀬那という少年であり。
蛭魔が言い置いたお使いで、
彼の上司がおわす武者小路家へと、牛車に揺られて向かっておいで。
まだ十代という小さな坊やで、
咒力が強い身であるがゆえ、この武神を惹き寄せてしまったものの、
制御出来なかったがゆえに様々に災厄を呼び、
周囲の凡人らから疎まれた末、この屋敷へと送り込まれたなんていう、
ややこしい経緯を持つ和子でもあって。
素直で大人しい気性から あちこちで苛められてはこの彼が怒って暴れ、
それをもって周囲がますます異端視するという悪循環だったのだが、
その正体を見極められる蛭魔の目を持ってしてやっとのこと解決し、
今ではすくすく、柔軟な気性ごとよくよく育っておいでの真っ最中。
以前は、そんな彼の感情の起伏に合わせてしか動けなかった武神様もまた、
その妖力にて退魔の楯になるかと思や、
力仕事から風よけまでという、
人間臭い助力にも姿を見せるほど応用が利く身になっておいで。
凛々しくも冴えた風貌が何とも精悍な武神様。
以前はか弱い御主が見ていられなかったか、
セナがつらい目に遭うと、
反発するが如くに姿を現し、報復にと暴れてもいたのだが、
それが結局はセナ自身をも苦しめてんだぞと説かれて以来、
そうときっぱり言い放った蛭魔へも一目置いているらしく。

 「何だ? チビには聞かせられねぇ話かよ。」

いかつい存在、それも人ならぬ者が背後で黙んまりしているの、
落ち着けないにはないけれど、
畏怖してというんじゃない、鬱陶しいな・おい という方向で、
イラっと来ている剛の者。
話があんなら早く言いなと、彼なりに促してやれば、

 《 あるじが時折 困っているのだ。》

 「セナちびが?」

どうせまた、朝顔の芽がなかなか出て来ないとか、
取るに足りない、こぉ〜んな小ぃせえことへなんじゃねぇのかと。
小指の第一関節を親指の先で押さえて見せれば、

 《 ……。》

どうもそういう類いのものではないらしい。
とはいえ、揶揄されたと怒っての沈黙でもないらしく、
くうちゃんが相変わらずにすうすうと眠っているのがその証拠。
まろやかな寝顔をお膝に見下ろしながら、

 「じゃあ、一体何へ困ってやがるってんだ?」

それって、わざわざこの俺へ訊いて判るものなんだろなと、
暗に訊いてもいるかのような、ちょいと鋭い視線を投げたものの、

 『それこそ、セナ坊や俺ならともかく、
  進の野郎にそんな仄めかしは効かねぇって。』

あとでトカゲの総帥殿が言ったよに、さして動じもしないままの武神様。

 《 先々でお主のような立場につくとして、
   だとすれば、万物へ不公平なく接しなければならぬものかと。》

 「………言ってて既に色々と矛盾がなくねぇか、それ。」

弩級の大真面目に言ってのけた武神様に負けず劣らず、
それはそれは真剣本気なお顔になって、
そんなお言いようを自分で言ってる蛭魔さんも蛭魔さんだが。
(苦笑)というのも、

 「俺が公平な男じゃねぇのは、先刻承知だろうがよ。」

一応 自覚はお在りだったらしく、
(おいおい)
大きく胸を張って言ってのけるから物凄い。
しかも彼の場合は、何かと制約されるのが大嫌いで、
その上、公序良俗が示す“善”さえも、鼻につく時があるらしい臍曲がりと来て。

 「まあ“物差し”ってのかな、
  世間とやらではどう判断するものかっていうのは、
  結構判ってるほうではあるが。」

 《 ……。》

何だよ黙りやがってよ、そこはどうせなら笑うとこだぞなんて、
剛毅な言いようなさる蛭魔さんだけれど。
世間とは物差しが違うのだと、判っていての臍曲がりっぷりなのを、
胸張っているようじゃあねぇ?
もしかして困ってやがるのかなと、肩越しに武神様の方を見やったお館様、
むうと口元結んでおいでなのを認めてから、

 「…わぁったよ。
  どう言ってやりゃあいいのかが、お前には判らねぇってんだろ?」

 《 …。》

視線を上げたは、是という意味か。

 「それと、揶揄されたのかなと憮然とするのは筋違いだ。」

座ってた向きを微妙に変えながら、蛭魔が付け足したのは、

 「お前だとて、
  何でまた周囲すべてに気を配ろうと構えるのかが理解出来ねぇから、
  こうして訊いてやがんだろうに。」

 《 ……。》

神様がすべて傲慢だとは言わないが、
慈愛を配る神様だとて、誰かを罰する折には毅然と対するはずであり。
ましてや万物神ではない彼のこと、

 《 嫌いだと否定するものがあるのは、いけないことなのか?》

先々で陰陽師となる身には、好き嫌いという我儘さえ通せないのかと。
つまりはそういうことを断じかねておいでの武神様だということか。

 「…成程、そりゃあ難しい問題だろな。」

人よりはずんと侭にしていていい立場には、理解が及ばぬ話題でもあろうに。
でもでも、それがあの書生くんの悩みなら、
何としても理解してやりたいと思うところが…微妙に健気なもんで。

 “しかもこの大真面目な顔でだもんな。”

一歩間違えればこれだって見事な惚気。
セナにはセナの、それこそ“物差し”があるのだから、
どんなに困っていても結局は自分で目処をつけることだろうがと。
これが他の人間のことならば、
どう対処するのかと見守るだけで済んでることだろうにね。

 「全部が好きってのは、
  穿った言い方をすりゃあ“一番好き”が一つもないってことだ。」

そういう公正な判断力があるのは確かに大切なことじゃああるが、

 「そういうものはよ、ここ一番てときに引っ張り出せればいんじゃねぇの?」

 《 …?》

色んなことをたくさん知るのはいいことで、
そのどれへも公平に接するのも大切だけれど、
それでと我の方を折っちまうばかりってのはどういうものかと。
優柔不断は好きではないお館様、そっちに助長されないことを案じてやって、

 “この俺様へでも意見出来るようになったんだ、
  さほど案じてやることもねぇんだろけどな。”

あ。まだ根に持ってますか? 先に叱られたこと。(くうちゃんのお尻尾事件。)

 「物によっちゃあ二極のどっちかを選ぶしかねぇ物事もあるのだ。
  柔軟も結構だが、そういうのにぶち当たったときにもっと困るぜ?」

 《 …う。》

誰へも別け隔てなくというのの素晴らしさを求めてるセナだってんなら、尚のこと。
最後まで責任を持たねばならぬこととして、
そういう“英断”というの、先々で突きつけられたらどうすんだろなと。
ちょいと意地悪な一言を投げてみせ、

 「ま、俺らとお前とじゃあ、立場も寿命の幅も違うからの。」

なればこそ、戸惑うことも多いのだろうがと付け足してやり。
物事を深く考えるのは悪いことじゃねぇからよ、
邪魔をしない程度に見守っててやれや……と。
さすがはお師匠様という助言を授けてやったそうだけれど。









   …………で、そのそもそもの発端はというと、


 「いつまでも辛いものが嫌いなのはいけないことかって、
  あの式神へ訊いたんだと?」

 「進さんは“式神”じゃあありませんよう。」

いくら苦手でも、勧めてくれた人に悪いかなとか、そういう話をしたんですと。
けろりと答えたセナくんへ、怒ってしまうのは筋違いなのだろし。
第一、今の今だって、
進にとっては深刻で難解な命題を掲げられているのに違いないに違いない。

 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」

なぁんてややこしい奴らなんだかなと、
唇ひん曲げ、しょっぱそうなお顔になったお館様。
きっと今宵は荒れるんだろうなと、
こちらさんはこちらさんで、相当に鍛えられてのこと、
もっとややこしい心根をした蛭魔の、思うところを随分と把握出来る誰か様が。
顔には出さねど、やはりしょっぱい想いになってしまった、
そんな雨の日の一幕でございました。






  〜Fine〜 09.06.21.


  *昔の暦で言うと、皐月こそ六月で 水無月は七月なんですが、
   まま堅いことは言いっこなしということで。
   やさしいセナくんの繊細さが、時に心配な憑神様なようで。
   またぞろ暴走しないよう、
   セナくんの方へこそ言ってやっといた方がいいのかも?
(苦笑)

めーるふぉーむvv op.jpg

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